カテゴリ:一思案( 280 )

人の幸せを願うこと

 今すぐ幸せになれる方法があります。それは、人の幸せを願うことです。街ですれ違う人や、電車で隣り合わせた人、同僚や家族、恋人でも構いません。その人の幸せを願うと確実に幸せになります。幸せになる理由はとても明確で、一つは発する波動が良くなるので、起こることがよくなり結果として幸せになります。もう一つは、神から好かれるのでモノゴトが上手くいく結果として幸せになります。

 人は仕事や家族、恋人や友人といった周りを変えようとします。しかし、周りは変わりません。一方で、自分が全てを受け止めて自己犠牲の上に平和を築けばいいのかといえばそうではありません。自分も人も幸せになることが大切だからです。まず、自分が幸せになれば人は幸せになります。その為には、外的要因で幸不幸が左右されることがなくなることが最高です。

 例えば、雨が降ったらありがたい。転んでもありがたい。電車が遅れてもありがたい。と思えたら不幸などこの世から一切なくなります。これは嫌なことがある度に、そう思う訓練をするしかないと思います。

 そして、魂が満たされると心が満たされ、肉体も満たされます。ところが肉体を先に満たそうとすると失敗します。肉体を満たすとは、金や地位名誉、人間関係、仕事等の欲望を目的に行動することです。

 魂が幸せを感じれば、自ずとそう言ったモノは手に入るようになっていると聞きます。人の幸せを願えば幸せになるのは真理の法則そのものです。という生き方を心がけ始めました。まだ状況は変わりませんが、とても幸せを感じるようになりました。
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by alchimista01 | 2013-12-27 23:41 | 一思案

行動の星

 先日斎藤一人さんと、一番弟子の柴村恵美子さんの著書「天」を読みました。その中に書いてあったのですが、この地球は「行動の星」だと書いてありました。この言葉は、自分自身が今まで勘違いしていた部分だったので、目からウロコでした。

 ちなみにどう勘違いをしていたのかというと。今までは、何か良いことをしていれば、無条件に良いことが起こるモノだと思っていました。つまりそれは、叶えたいことに纏わる自己の本質的な行動を変えないという意味です。例えば、仕事がうまくいって欲しいけど、直接的に仕事は、頑張らない。恋人が欲しいけど、恋人を作るための努力をしないといった意味です。

 しかし、その考え方は全く違いました。良いことをしていると、仕事や恋愛が上手くいくヒントを得られるという意味でした。つまり、仕事や恋愛は、そのヒント(道標)に基づいた行動(努力)をするからこそ、叶っていくということです。

 そして、行動するにしても「思いやりを持って人生を楽しんでいる」ことが大切だと学びました。利己的で暗ければ何をやっても上手くいかないそうです。何故ならば「神」も「思いやりを持って人生を楽しんでいる」プラスの人にしか協力出来ないからだそうです。

 思いやりを持って楽しく行動していきたいと思います♪
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by alchimista01 | 2013-12-25 23:25 | 一思案

「ルール」の外側へ

 世の中には「ルール」というものがある。あなたはそれが、人が幸せに共生していく中で欠かせないものだと思っているかもしれない。しかし、果たしてそうであろうか?

 むしろ「ルール」が機能している国家ほど幸福度が低いのではないかと思う。現在の世界は、お金を中心に動いていて、どう逆立ちしても、そこに抗うことは出来ないようになっている。それは、この「ルール」を作った人間が損をしない構造だからに他ならない。

 そして多くの国民は「ルール」の中で競争をする。そして競争に勝とうと努力すればするほどに「税金」を支払う羽目になる。当たり前のことだと思うが、これはよく考えるとおかしい話だと思う。何故努力して稼いだ人間が何もしていない国にお金を払わなければならないのか?不思議で仕方ない。

 給与にしてもそうだ。健康保険に関しては分からなくもないが、住民税や所得税などは全く納得がいかない。特に所得税などは、何故給与を貰うのに貰うためにお金を払わなければならないのか?意味が分からない。そして、厚生年金などは選択制にして欲しい。国家という信用ならない相手に預けるよりも、信用できる民間機関に預けたいと思う。

 もう、ビジョンすら無くなった旧態依然としたシステムを生きながらえさせるだけの国家を継続する意味はあるのでしょうか?しかし、江戸から明治の政変を起こした薩長を中心とする新政府はアメリカと共に二度とクーデターが起きないシステムを作った。その最たるものは「自分で考える能力を奪ったこと」と「愛国心を粉砕」したことだと思う。

 俺はこの閉塞感しか見えないこの国の外側に飛び出したいと思う。
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by alchimista01 | 2013-12-18 22:05 | 一思案

自己変革へのアプローチ

 今の自分を作って来たものは過去の行動に他ならない。つまり未来の自分を作るものは、今の行動である。過去の行動と今の行動が同じものであれば、3年後、5年後に存在するのは、今の自分の延長線上の自分であるということだ。

 もし今の自分に不満があるのだとすれば、今すぐに行動を変える必要がある。しかし、長年連れ添ってきた行動パターンからの脱却は容易ではない。例え自己変革を試みたとしても3日か1週間しか続かないという話はよく耳にする。

 それでは、どうすれば行動を変えられるのかという話だが、今の行動パターンの原因を変えることだ。なぜ自分がその行動をしてしまうのかという根っこの部分を理解し、受容し、昇華していく必要がある。そのプロセスなくして無理やりに行動だけを変えることが、自己変革が続かない最大の原因である。

 つまり、行動の変革に労力を注ぐのではなく、行動の原因究明にこそ労力を注ぐべきなのである。そして、それを理解し、受容し、昇華した結果として、自ずと行動が変わるのだと思う。
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by alchimista01 | 2013-11-27 21:38 | 一思案

与えることしか許されていない

 真理に到達するとは、この世で得られる最大の喜びの一兆倍×一兆倍の喜び=「大歓喜」を体験することだという。その喜びの凄まじいエネルギーに人間の肉体は耐え切れず21日間で消滅するらしい。しかしそこに至れば自由自在だという。

 神は人を空・風・火・水・土の五大要素で作ったという。それは五感とも呼応していてそれぞれ順番に、触覚・聴覚・視覚・味覚・嗅覚を司っているという。また、心の無限性を空が、移動性を風が、創造性・直感を火が、水は感情や感受性を、地は土台であり安定性を司るという。そして神は心の最新部にその一部を封じ込め、その記憶を奪った。

 これが、人が神性を秘めていると言われている所以である。しかし、多くの人間は自分が神であるということに気が付かずその一生を終える。一方で自分が神であることに気がついた人間が聖者と呼ばれることになる。

 両者を隔てる一線は神に愛されているかどうかということであるという。そして、神に愛される人間には艱難辛苦が付きまとう。しかしその艱難辛苦の目的は、人を強くすることでも、賢くすることでもない。神の存在を認め、神のサイドに立ってそのお手伝いをすることが目的であるらしい。さらにそのフェーズに立つ人間には与えることしか許されていないという。
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by alchimista01 | 2013-11-20 22:00 | 一思案

オリジナル

 オリジナルとは「独自のものであるさま。独創的」という意味がある。

 はみださないように生きることが美徳とされる昨今では、オリジナルに成りうる人間が育ちにくい。人の顔色を伺い、言われたことを言われたようにやっていても、周囲に合わせて生きていても、何事もなく今日が過ぎていくだけである。そういった生き方は息が詰まるし、ストレスとなり、いずれどこかに無理が出る。その最たるものが鬱病だと思う。

 もし人が、オリジナルに成ろうと思ったならば、苦しみや悲しみの渦中にある時に、自らの心の声に耳を傾け、その声を認め、従うことである。しかしながら、その声は往々にして美しくはなく、ドロドロと醜い。

 だから、人はその醜さに蓋をして、どこか遠く、見えないところに追いやろうとする。ところが、自分の心の中からその醜さは決してなくならない。これが、人が表面的なフリだけで、本質的に変わらない最たる理由である。

 次に、オリジナルと成りうる為の人生には、艱難辛苦が待ち受けている。ブッダが苦行を止めて、乳粥を食べた時に、無茶苦茶誹謗中傷されたように、キリストが処刑されそうになったように、新しいことを提唱したり、実行する人間は叩かれる。そう、出る杭は打たれるのだ。

 しかし、こういった艱難辛苦に正面から向き合い、神や、仏を信じて乗り越えた人間は、必ずオリジナルとなり、眩いばかりの光を放つ。そして人を惹きつけ多大な影響力を持つ。最終的な調和とは、このオリジナリティを持った人間がこの世に溢れることだと思う。

 それこそが、人類が70億近くいる理由かもしれない。また、神とはオリジナリティの中に宿る、いや、最たるオリジナルといえる存在こそが、神なのかもしれない。
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by alchimista01 | 2013-11-13 23:26 | 一思案

エネルギーの分岐点

 誕生日には前の年のエネルギーから、新しい年のエネルギーに切り替わるという話を聞く。僕の場合は誕生日を中心とした前後一ヶ月以内に、リストラをされたり、新しい職場で働き出したり、彼女に振られたり、体調を大きく崩したりという分岐点になるような大きな出来事が起こっていることが多い。

 だから毎年誕生日が近くなると、今年は一体どんなことがあるのだろうとヒヤヒヤするものだ。誕生日後の一ヶ月を終えるまでに残すところ、10日ばかりだが、既に体調を崩して数日間休み、また、職場で部署が異動になった。あと、一体どんな変化があるのかと期待と不安が入り混じっている。ちなみにこういった時期の最適な過ごし方は、無理をしないことと、新しいことを始めないことに尽きる。新しい一年のエネルギーがどんなモノになっていくのか楽しみだ。
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by alchimista01 | 2013-10-30 22:21 | 一思案

何度でも!何度でも!

 人生において壁というものは人によって種々様々ではあるが、必ずある。そして、乗り越えることが出来なかった壁に再び遭遇した時、多くの人は二度とその壁を登ることをしない。しかし、その壁は二度どころか三度でも、四度でも、十度でも百度でも現れる。そう、影のように永遠に追ってくるのだ。そして、いつかは必ず超えないといけない。もしそうだとしたら、早く超えてしまうことに越したことはない。しかし、二度、三度で越えられないことも多々ある。それでも何度でも!何度でも!挑んでいくことが大切だと思う。逃げることは簡単だ。一番最後にすればいい。それまでは例え何十回失敗しても挑戦し続けたいと思う。
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by alchimista01 | 2013-10-24 21:47 | 一思案

サブバッグから見えること

 電車に乗っているとメインバッグの他にサブバッグを持っている女性を多く見かけます。しかし、その女性たちの多くが付録に付いているようなバッグをサブバッグとして使用しています。付録のバッグを通勤時に平気で使っているだけで、物事に対するこだわりや、セルフプロディデュース力が無いのだなという印象を相手に与えてしまいます。それでは、仕事が出来ないことや、恋愛が下手なことを宣伝して歩いているようなものです。

 また、そういった女性はメインバッグもビニール素材や合皮の大量生産の流行りモノを使っていることが多く、しかも、はげていたり、汚れていることが多いです。そして、汚い靴を平気で履いていたりします。10代であれば、お金も経験もないので許せますが、20代後半~40代だとしたら、まったくもっていただけません。えぇ、色々なエロい意味でも♪

 さらに、酷いのはメインバッグが一流ブランドのバッグである場合です。一流ブランドのバッグは、洋服や靴、化粧にヘアスタイル、立ち居振る舞い等のすべてが一流だからこそ映えるのであって、他のアイテムがボロボロの状態であるのに、一点豪華主義的に持っていると、あぁ、なんてミーハーなんだろう・・・きっと流行に踊らされて、周りに合わせていいバッグ買わなくちゃって買ったんだろうな!って思われてしまうこと必須です。

 それならいっそ、ブランド等が一切分からない2万くらいの上質な革のバッグを持って、5000円くらいのきちんとしたサブバッグを持った方がよっぽど上品に見えます。重要なことはバランスなのです。バランスは勉強して、経験して、考えないと培われません。

 お洒落は自分の為にすると考えているという人が多いですが、違います。お洒落は相手への敬意の表れです。そう考えれば、自分のファッションがちぐはぐなことに気がつく筈でしょう。しかし、自分のことしか考えていないとTPOも年齢相応ということも、一切わからなくなってしまうのです。

 最後にモノをどう扱うかということは、自分がどう扱われるかということです。自分が大切にされたいならまずはモノを大切にすることを心掛けるといいと思います。それだけで、まったく人の自分に対する扱いが変わることでしょう。
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by alchimista01 | 2013-10-23 22:11 | 一思案

渇望を満たす

 ふと気が付いたのですが、ここ最近、自分の買い物を全くしなくなりました。調べてみたらこの4ヶ月間で4アイテム(おじゃる丸ストラップ&弁当箱・ブレスレット・海パン・シューケアセット)くらいしか購入していませんでした。以前であれば、月に5~10アイテムは恒常的に購入していたことを考えると、すごい変化です。

 理由ですか!?

 自分の中にある、この何だかわからない、乾きというか飢えはどれだけモノを買っても満たされないということを本当に悟ったからでしょう。どんなにいい服を着ても、いい時計をしても、いいバッグを持っても真の幸せには至れないのです。物欲の末に残るのは、一時的な満足感と、借金だけです(笑)

 最近体感したことがあります。真の幸せへと至る道は、自己の外にあるのではなく、自己の中にあるのだということです。モノも人も地位も名誉も、お金すら本質的に人の渇望を満たすことは出来ません。唯一人の溢れんばかりの渇望を満たせるモノがあるならば、それは「真理」すなわち、自分と世界の本当の姿を知ることでしかないと確信しています。
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by alchimista01 | 2013-10-17 22:33 | 一思案