そして木漏れ日へ

睦月某日かって無い喪失の渦中にて「人の本当の思いを聞かせて頂けるようになりたい」という請願を立ててより、早二月半、やっと一縷の光が見えて参りました。

睦月よりこのかた、「死に神の鎌」を首筋に感じるような悩みと葛藤を繰り返すギリギリの日々の中で、多くの人と触れました。そして、本当に相手の思いを汲めていない場合や、自らの行動や言動の起点がエゴである場合には必ず物事が上手く運ばないことを強く感じるようになりました。

恐らくこれまでもそうであったのでしょうが、「生粋のエゴイスト」だけにその理由を人や環境の中に探していたことと思います。

自分を含めた全ての人のいのちが本質的に幸せを願っており、全ての人が等しく同じ真理の中に生かされているということを真摯に受け止めたとき、物事が上手く運ばない原因は全て自分の中にあることを認識しました。またそれは同時に「幸せになるために不足している何かを学ぶため」という一点に集約されているではと考えるに至りました。

そう思えたとき初めて「表面的な模倣行動」としてではなく、より「内面的な感謝」として、ありがたいと「謙虚」に下がれる自分へ至る入り口へと立つことができました。

そして、いま思うこと

人のこころの中には毎日を幸せに導く「キラキラと煌く透明な珠」があります。

僕がそうであったように、それは多くの場合ほこりをかぶっていたり、くもってしまっていたりします。そして、いつしか「キラキラと煌く透明な珠」を持っていることすらも忘れてしまい、こころの闇夜を生けて行く様になってしまいます。

だから、僕はこれから「木漏れ日」になることにします♪
ギラギラとつよくはないけど包み込むような柔らかな光
透明な珠はここにあるよと思い出せるようなまたたく光
くもりを拭うことのきっかけとなれるようなあたたかな光
ほこりを掃えば世界は変わると思えるようなやさしい光

自分が生けている光をほんのすこしでも残せたらいいな
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by alchimista01 | 2009-03-16 18:35 | 一思案

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