真理の真意

 最近つくづく思うのです。真理には願いがあって、その願いは、ただただ人間の「魂」を成長させることを目的としていることを。だから、今は何が起ころうと、その現象を受け入れていこうという気持ちになります。

 もちろん最初に何か大変な現象が起こった時には、「うわっ!!」という気持ちになります。しかし、次の瞬間には、この現象をどう受け入れて、どう向き合っていくことが魂にとって一番いいのかということを考えます。そしてそれに向かってすぐさま行動を起こします。

 そのため、思い悩むという時間が殆どなくなりました。そして、自らに起こる現象が大変であればあるほど、それは有り難いことなのだと思います。何故ならば、人が神や、仏、といった大いなる存在に対して、心から手を合わせる瞬間というのは、概ねそういった大変な時だからです。

 しかし、多くの人は大変な現象が起こった時、自らの力でそれを解決しようとします。それは、一見正しく、成長しているように見えます。しかし、真理の本当の願いとは違う場合が多いようです。真理は、自らの力で歯を食いしばって、問題を解決して欲しい訳ではなく。真理や多くの人の存在によって生かされていることをや、助けられていること、救われていることを感じて欲しいのだと思います。

 そして、心底からそう思えたとき、謙虚さや感謝という感情が、心の深いところから沸いてくるのだと思います。それは、形骸化された謙虚さや、感謝とは一線を画するモノです。

 毎日とても大変ですが、お蔭様で心はスキップルンルンです♪
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by alchimista01 | 2013-05-29 23:07 | 一思案

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