悟りへのアプローチ2012

 「こころ」というのは不思議なモノである。頭は考えるものだが、「こころ」は感じるものだという。つまり、頭とはどうやら別のものであるらしい。但しその違いを知るということは、この世で最も難信難解な問のひとつである。

 ここからは仮説だが、頭はこの世で肉体を持つ人間という生命に帰属していて、恐らく「こころ」は、真理の一部である魂と直結しているのではないかと思う。そう考えると、悟りの境地というのは頭で理解できるものではなく「こころ」で感じるものなのではないかと言える。

 さて、悟りの境地にはどうやったら到達することが出来るのか!?ということだが、その為の方法は、まず魂を清める。すなわち潜在意識を綺麗にするということではないかと思う。そうしないと魂が真理の発する電波を拾えないのだと思う。それは、ちょうどラジオのチューニング合っておらず雑音しかし無い状態のようなものだと思う。

 それではそのために何をすればいいかという言う話だが、頭が通常考える自分が得をすることの逆の行動を取ればいいのではないかと思う。その始まりの行動を、仏教では布施というらしい。布施には財施・身施・法施の三つがある(財施=金銭や物質を他人に施すこと・身施=身体を動かして他人の心配や苦労を少なくしてやること・法施=人に正しくものごとを教えること。)

 そして、自らの生命と真理が一体であることを「こころ」の奥底で感じ、生かされていると心底感じるための瞑想が必要なのだと思う。想像も出来ないほどに果てしない道になるだろうが、悟りへと到達すべく臨んでいきたい。

 
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by alchimista01 | 2013-02-28 23:02 | 一思案

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