判断基準を持って迷わない

 「不安」という感情は成すべきことが明確でない時に生まれる。しかし人は、やるべきことが明確でない時ほど必要のないことを行ってしまう。やるべきことが不明確な時にすることは本来ただ一つ「やるべきことを明確にする」ことである。

 しかし、この「やるべきこと」が何であるかを考えることが難しい。しかし、これは至極当然のことで「これはやるべきか?やらざるべきか?」ということを判断をする基準を往々にして持っていないからである。

 それでは「判断基準」とは何かということを考えてみよう。例えば企業にはコーポレートアイデンティティ(Corporate Identity 略称:CI)というものがある。CIとは簡単にいえば企業がもつ特徴や理念を体系的に整理し、簡潔に表したものだ。企業が新製品・新サービスを開発する際や、CMを行う際には、このCIに適合するかどうか!?ということが判断基準となる。

 例えば「あなたと地球の未来を守る化粧品を提供する」がCIの化粧品会社があったとしよう。この会社が新製品にオゾン層を破壊するフロンガス入りのスプレーを発売するかといえばNOである。また、自然環境で分解されにくい界面活性剤を含んだシャンプーも発売しないし、リサイクル不可能なボトルも使わない。

 つまり、全ての事柄の判断基準は「あなたと地球の未来を守る化粧品を提供する」に適っているかどうかで決まるのである。

 さて、ここまで読めば言わんとしていることは容易に推察出来るだろう。つまりHI(ヒューマンアイデンティティ」生き方という明確な判断基準を持てば悩まないのである。

 因みに自分のHIは「魂を輝かせながら愛すべき人の本質的な幸せを追求する」つまり、行きたくない飲み会には行かない。友人の相談には親身に乗る。家族や恋人を幸せにする為の努力は惜しまない。決して現状には妥協しない。人やモノに依存しない等だ。

 ということが、的確に判断できるようになる。しかし、同時にそう生きることは人との対立もあるし、陰口を叩かれることもあるし、孤独になることもある。ところが、一度そういったHIのある人生を歩み出せば人にどう思われるか!?といった些事にかまけている時間等無くなるくらい夢中で楽しく日々充実した人生を生きられるようになるものである。
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by alchimista01 | 2012-04-09 12:03 | 一思案

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