2011年総括

 3.11己の力では回避出来ない「死」というものの存在を意識した。同時に生きている、いや!生かされている実感を得た。「生かされている」ということと「生きていく」ということは一見別もののようで、繋がっている。「生かされている」という実感は「生きかた」を変え「生きかた」の変化は感じかたを変えるのだ。

 2500年前に悟りを開いたゴータマは人生とは「一切皆苦」だと言い切っているが、辛く苦しい暗き道を歩んでいくのには、道を照らす「灯明」が必要だ。今年はより強くそう感じた。

 数年前の自分は、嫌な仕事をしてまで生きながらえるのはいかがなものかと思っていた。今年は、どんなに仕事が嫌でもお金をいただき生活をしていかなければならない環境に身を置いた。嫌だからといって仕事を辞めてしまえばたちまち生活が立ち行かなくなる。

 ところが不思議なもので、そういう自分以外の守るべきもののいる環境に身を置くと、なんとかしようと全身全霊が目を覚ます。そして苦と対峙する。苦とは対峙されるのが苦手らしく、面と向かってしまうと、まるで車窓からの風景のように、あっという間に後方へと逃げていく。

 また、己というのはそれだけでは、何者でもない。親が居て「子」嫁がいて「夫」子ができて「父」部下をもって「課長」仲間が居て「リーダー」船員が居ての「船長」だ。人生とは人の中で人と共に生きることだと思う。そして道とは人。灯明とは自らを灯火として己と人を照らす自発的な生きかた。思いを発すること。

 人がどう思うか、どう見られるかなどはどうでもいいのです。自分は生かされているのだと実感し、いつも善い行いをするよう心掛け、いつも正しいことをしようとする仲間に入り、いつも自分と全ての人が幸せになることを願う。という心境に立脚しない「生きかた」は自分勝手な単なる我儘でしかないのだ。

 そんなことを強烈に感じた一年だった。今年を総評は100点。凄いことに気付けて本当にありがたかった。良くしてくれた人にも悪くされた人にも感謝。漢字でいえば「起」SEXでいえば「KISS」始まりだ。これをもって来年自分と環境、人生がどう変わっていくのか、楽しみで仕方ない。

 今年も購読下さった皆様、一年間ありがとうございました。読んでくれる人が居てのブログです。来年も一切の伏せ字なく赤裸々に琴線に触れる「モノ」「コト」「オモイ」 を綴っていきたいと思います。それでは来年もよろしくお願い申し上げます。良いお年をお迎えください。

風呂入れよ〜
そば食えよ〜
もち詰まんなよ〜
お年玉くれよ〜
また来年
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by alchimista01 | 2011-12-31 07:36 | 一思案

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