生き抜くということ

 基本的に自分は、長いモノに巻かれること、年功序列に従順であることが苦手で、協調性が無い。ということは自分自身よく知っているし、付き合いの長い友人はみんな知っている。

 そしてこれまで「自由・平等・博愛」というとトリコロールのような旗を掲げて生きて来た。その結果として五つの会社を辞め、数十人の女性と分かれて来た。その過去について後悔があるのかといえば全く無いが、最近は考え方が変わって来た。

 今までの生き方が、主義主張を振りかざし、時に「自滅」をして来たのだとすれば、これからは如何に「生き延びるか」ということを中心に据えようと思う。そういう生き方は「弱くなった」ように観えるので嫌いだったが「生き延びる」ことは自分の為だけではないのだ。

 その為、主義主張を貫いて美しく散るという自己満足よりも、生き続けるということを主義主張とすることが「守る」という他己満足なのだと思う。そしてそれは以前の価値観で観れば退化だと感じるが、今では紛れも無く進化であると確信している。

 「武士道とは死ぬこととみつけたり」は、高潔な生き方であるが、今の世は「人間道とは生き抜くことと見つけたり」と言えるのではないかと思う。潔いことは確かに格好良いが、無様にも生きぬくことにこそが人間の魂を一段上に昇華せしめるのだと思う。何故ならば生き抜くことの方が、死ぬことの何倍も苦であるからに他ならない。
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by alchimista01 | 2011-08-26 12:08 | 一思案

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