自由への渇望

 いつでも何処にでも行けて、何にでも成れることが自由かと言えばそうではないと思う。凧の糸の様に「繋がり」は必要だと思う。糸が切れた凧は落ちてしまうから。

 人は太古の昔から利便性というものを追求して来た。風雨から身を守る為に小屋を建て、飢えから家族や仲間を守る為に農業や畜産、漁業等を研鑽して来た。それは、ある時期までは自然との共生であったのだと思う。恐らく多くの人々が、自分は生かされているという感覚を持って暮らしていたのだろう。そう「サムシンググレイト」という存在を認識し、畏敬の念を持って山や、海、湖等の身近な対象に手を合わせて来たのだと思う。

 しかし、いつしか自然を排除し、自分達が制御可能だと信じる箱庭を作った。そしてその箱庭を守る為の暗黙のルールに雁字搦めにされながら、生き延びている。

 凧の糸は人の手に繋がっている。では、人は何に繋がるべきなのか!?

 きっと宇宙に繋がるべきだと思う。真理・サムシンググレイト・神・仏・アラーetc...。その為にはなるべく余計なモノが無い方が良い。そして宇宙の理に近い環境に身を置いた方が良いと感じる。決して野山で電気も水道も無く裸という暮らしではない。世界から本当に必要なモノを必要なだけ貰うコンパクトな暮らしという意味だ。

 物質史上主義的なヒエラルキーから脱却する為に、近い将来、街から旅立とうと思う。
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by alchimista01 | 2011-04-26 12:13 | 一思案

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