正しい判断基準

 物事を判断する基準というモノは難しい。それは善悪なのか?それとも損得なのか?はたまた明暗なのか?様々な判断基準が存在するだけに、人は迷ってしまう。しかし、どれだけ考えたところで実は正解など最初から無いのかもしれない。例えばある選択を行った時にもう一方の選択をした場合の未来を知ることは永遠に無い。だから、自分の行った選択が正解だったのかを比較して判断することは出来ないということを考えると選択には客観的な正解が無いと言える。つまり、それは客観的な判断基準も無いのだと言える。

 では、何を判断基準にすればいいのかという話だが、おそらく主観である。もう少し簡単にすると「心の声」と言いかえることが出来る。客観的な判断基準を人が求める最大の理由は「失敗することが怖いからだ」そして恐怖は判断を狂わす。なぜならば客観的判断基準というモノは多くの人の主観的判断基準を集めて、足して割ってそこから平均値を割り出した誰の意志でも無いモノだからだ。つまり何の意志も無ければ何の力も無いモノだ。

 さて「心の声」が何故正しいのかという話だが、宇宙の意志と同じモノだからだ。それは仏教では仏性と言い、キリスト教では神性と言うのだが、人の心は神や仏と同じ性質を秘めているということだ。

 しかしながら、不安、恐れ、妬み、嫉み、恨み、愚痴などというマイナスの感情が心にバリアが張っていると「心の声」は機能しない。まずは、そう言った感情を安心、自信、感謝、愛という感情に切り替えて行くことが必要だ。まずは笑うこと、楽しいことを考えることから始めると良い。最初の話に戻ると、もし判断基準というモノを一つ上げるならばあなたがその選択をした未来で「笑えるか」「楽しいか」ということだ。今すぐ笑えなくてもいいし、楽しくなくてもいい、その道の先にそれがあるかどうかを信じられるかどうかである。
[PR]

by alchimista01 | 2010-09-26 23:40 | 一思案

<< 世界最強のUSBメモリー「Ir... コンパクトIH >>