~人を救う方法~

結論から申し上げるとそんなものは無いというのが答えではないでしょうか。

それは、誰もが等しく自分でしか自分を救うことが出来ないからです。ただ、わたくしたちに出来ることは相手が「救われるきっかけ」をお伝えさせて頂くことだけです。

これはかの偉大なモーフィアスも「お前を真理への扉の前までは案内出来るが真理の扉を開くのはお前自身だ」と言っています。

悩んでいる相手というのは往々にして今までの知識や経験のみを持って問題と向き合っています。そもそも問題の本質というものが人間を進化させるために起きるのだとすれば、今までの知識や経験のみで打開することは出来ないのです。また、既に備えている知識や経験というものも最初から備わっていた訳ではありません。様々な問題を解決していく過程で身に着けてきたものといえます。

つまり多くの悩みの原因は現実的な事象の中ではなく、今までの知識や経験を折り重ねた既存意識の中にあるわけです。裏を返せば意識を変えれば問題はそこに存在し続けることが出来ないということです。そして「既存意識をバージョンアップ」させるために、新しい知識を手に入れることや、新しい経験を積むことが必須なのです。

では、「既存意識のバージョンアップ」を悩んでいる相手が行うためにわたくしたちはどのように触れさせていけば良いのかといえば、相手がそれを得るための「行動」を起こすきっかけとなる鍵を「五感に乗せ」伝えさせて頂くことです。それは相手にとっては意識的にもしくは無意識的に否定をしている解法の場合が多々あります。

例えばこんな問題があります。

問題:空気は何故透明か!?分子が光を反射する大きさでは無いと一般的には考える方が多いそうですが、それは間違いだそうでうす。
答え:人間の目が空気を透明に見えるように進化したから

そう、わたくしたちがお伝えさせて頂ける相手が「救われはきっかけ」となる鍵とは相手にとってのコペルニクス的発想なのです。

さてそこで問題となるのが、コペルニクス的発想はどうすれば湧いてくるのかということです。

それは100%相手の中にあります。しかし相手はそれが問題を解決する鍵だとは気付いていないということです。よってその点を指摘させて頂くだけで相手は自ら救われるための「行動」を取り始めるということです。

少し極端な例ですが、それはお腹が空いて死にそうだと悩んでいる相手が大量の砂金の粒を持っていて「これが食べられたらな」と言っている状況に対し「それで食料が買えるよ」と教えてあげることに似ています。その結果相手は砂金で食料を買い空腹を満たし、以後砂金の粒を抱えながら空腹に悩むことは無くなります。

しかし、相手に何かを教えよう教えようと思っていると砂金の粒を相手が持っていることを見逃すように、相手の話しの中に潜むコペルニクス的発想の鍵に気が付かないのです。

最後にこれらのプロセスは全て思いやりを持って相手に触れることを前提としたお話です。
お互い様この本質を見落とさないようにしたいものです。


問題の答えは、いつも必ず
その問題を解くことだけに純粋な愛に溢れた魂にのみ与えられるのです。

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by alchimista01 | 2009-04-15 03:00 | 一思案

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