恋愛観2009

本日は天気が良くて風がとても気持ちいいですね。
今回はそんな春満開の季節に相応しい僕の「恋愛観」の話でもしてみようと思います。

31年間生きていると色々な恋愛をするものですが、年齢や経験を重ねる毎に相手に求める要素は変わってくるものですよね。10代の頃はそれこそ顔やスタイルといった「容姿」のウェイトが高かったように思えます。そして20代になると「生活力」や「社会性」や「賢さ」といった共に生きていくのに必要なスペックを優先して来ました。さらに20代後半になると「優しさ」や「品」や「奥ゆかしさ」といった精神性を求めて来ました。

しかし、昨今では相手に何かを求めるという「恋愛観」自体が少し違っているのではないかと感じています。それは「諸行無常」という真理の中に自分も相手も生きている為、ある時に自分が相手の何かを好きだと思ったとしても、自分がそれを好きで居続けることが出来なくなることもあれば、相手が自分の好きであった何かを失ってしまう場合もあるからです。

もう少し極端な例を挙げて説明すると、凄いサディストの子と出合いそこに惹かれお付き合いをしたとします。しかし、マゾヒストだと思っていた自分が実はサディストであったことに気付くこともあれば、凄いサディストの子が実は凄いマゾヒストだったことに気付いてしまうこともあるということです。

つまり、お互い様に移ろいゆく何かを相手に求めた恋愛は長続きしないのだと思います。

そこで様々な経験より僕は3つの「恋愛観」を大切にしていきたいと思います。


1つ目は「なんか楽しい」

大切なことは目には見えず言葉にも出来ないのではないかと思います。それは空気というか雰囲気というか一緒に居て「なんか楽しい」ということだと思います。つまり相手に何かを求めるのではなく、自分と相手の二人で特別な何かをしていなくても「なんか楽しい」という空気ないしは雰囲気を作っていけることだと思います。端的には「相性」と言うのでしょうね。

2つ目は「一番大切なものが似ている」

人生には様々なことがあります、そしてどんなに「相性」が良かったとしても喧嘩をすることもあるのかもしれません。そうした時に「一番大切なものが似ている」ということはとても重要だと思います。別な言い方をすれば相手が大切にしているものを同じように大切に思うことが出来るということです。そしてそれが環境や時間の変化に影響を受けないものであればあるほど良いと思います。端的には「アイデンティティの相似」と言うのでしょうね。

3つ目は「共に成長できる」

僕の10年来の親友や、ここ数年出会った親友である彼らが他の友達と決定的に違う点は「共に成長できる」存在であることです。だからこそいつ会っても素晴らしいとリスペクト出来ますし、また自分自身もそんな彼らに負けないよう頑張って居られると思います。この先何十年も一番近くで過ごす相手と「共に成長できる」関係であれたら素敵ですよね。端的にはまさしく「パートナー」と呼ぶのでしょうね。

今までお付き合いをさせて頂いた方々が素晴らしかっただけに次の恋人を探すのは大変ですが、いつかそんな「恋愛観」を共有できる相手を見つけ一緒に暮らしたいなと思います。

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by alchimista01 | 2009-04-11 18:00 | 一思案

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